2009年06月22日

母幸子のメール

母からの初めてのメール。

件名:こんにちは幸子(←母の名)より
本文:さょうなら幸子より

こんな意味のないメールしかできなかった母幸子だが
今となってはこんな長文が打てるように。

件名:いったいどゆつーもりんだ
本文:あんたたたたち電化くらいけしていったらいいしよや、。、!
幸子が北区さたのはくじだよ鯨!!
つけっぱな!!!
我が家の家計は火の車

実家に帰った際に電気を消し忘れた事に対して怒っている様子。
最後の一文が完璧なのが心にしみる。


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2009年03月07日

カーチャンの七不思議

555 おさかなくわえた名無しさん sage 2008/11/09(日) 10:29:13 ID:HuBV9plB
カーチャンの七不思議
夜には疲れた顔してたのに朝には早起きして弁当作っててくれる
夜遅く帰っても他の家族は寝てるのにカーチャンだけ起きてる
俺が疲れてるの何故か把握してて栄養剤出してくれる
俺が逆切れしても困ったように笑ってる
俺が自分で言ったのに忘れてた事をずっと覚えてる
いまだに俺の誕生日祝ってくれる
俺より長生きしてくれない
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2009年02月13日

小遣いをせびる母

前の会社で働いていた頃、母親からこずかい毎月二万ほどせびられた。

一人暮らしの俺にとってはつらかった。払わないと「親不孝者」、「バカ息子」など罵倒の嵐。
この糞ババアいつかマジで殺してやると呪った事もあった。
しかし、中学時代にグレて散々迷惑をかけた手前もあり半ばあきらめていた事もあった。

やがて俺が社会に働きに出て数十年後におふくろは死んだ。
その時、通夜の席で親戚に一冊の預金通帳を渡された。額は300万円。
聞けば俺の浪費癖を心配したおふくろが毎月俺からせびっていたお金を毎月積み立ててくれたものらしい。

それを聞いた時、俺は号泣して泣いた。
金を請求されるという表向きの事にとらわれなぜおふくろが金を請求するのかという事を
考えもしなかった自分自身が誰よりも許せなかった。

母親が死んだ当時、俺は会社をリストラされ貯金も無く失意のどん底だったが
この300万円のおかげでホームレスにはならなくて済んだ。

今でも駄目なリーマンには変わりはないが、つらい時はこの事を思い出して頑張れてる。

今さらだけど・・・・・。
お母さん・・・・・・。
ありがとう・・・・・。
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2009年02月11日

母とメール

27 名前:既にその名前は使われています 投稿日:2009/02/10(火) 02:49:27 ID:9ORkm6HD
最近、母さんが携帯を買ったんだが、昨日にお互い家にいるのにメールがきた。
メールの練習がしたいのだろうと思い、相手をすることに。

母さん
セキチュウ(近所のホームセンター) いく?

おれ
行かないよ。

母さん
どうして

おれ
用がないからだよ。もしや荷物持ち係?

母さん
ちがうよ一緒にいきたいから

最後のメールに萌えて一緒に行ったら、やっぱり荷物持ちだった。
あの人マジ魔性('A`)
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2009年01月12日

ママのビデオ

サキちゃんのママは重い病気と闘っていたが、死期を悟ってパパを枕元に呼んだ。
その時、サキちゃんはまだ2歳。
「あなた、サキのためにビデオを3本残します。
 このビデオの1本目は、サキの3歳の誕生日に。2本目は小学校の入学式に。
 そして3本目は…○○○の日に見せてあげてください」
まもなく、サキちゃんのママは天国へと旅立った。

そして、サキちゃんの3歳の誕生日。1本目のビデオがかけられた。
(ビデオからつないだテレビ画面に、病室のママが映し出される)
「サキちゃん、お誕生日おめでとう。ママ、うれしいなぁ。
 でもママはね、テレビの中に引っ越したの。だから、こうやってしか会えない。
 パパの言うことをよく聞いて、おりこうさんでいてね。だったら、ママ、また会いに来ます」

サキちゃんの小学校入学の日。2本目のビデオ。
「サキちゃん、大きくなったネ。おめでとう……。ママ、うれしいな。どんなにこの日を待っていたか。
 サキちゃん、ちゃんと聞いてね。
 ママが今住んでいるところは、天国なの。だから、もう会えない。

でもね、パパのお手伝いがちゃんとできたら、ママ、もう一回だけ、会いに来ます。
 じゃあ、魔法をかけるよ。 エイッ!
 ほうら、サキちゃんは料理や洗濯ができるようになりました」

そして3本目のビデオ。そのタイトルは、こう書いてあった。

新しいママが来た日のサキちゃんに

そしてサキちゃんが10歳の時、パパは再婚し、新しいママが来た。
3人いっしょに、3本目のビデオを見つめた。
なつかしいママの顔が映し出された。
「サキちゃん、おうちの仕事、がんばったね。えらかったね。
 でも、もう大丈夫。新しいママが来たんだから。
 ……
 サキちゃん。今日で本当にお別れです。
 ……
 サキちゃん、今、身長はどれくらい?ママには見えない。
 (泣き崩れ、カメラを抱え込む姿が映る)
 ママ、もっと生きたい…。
 あなたのために、おいしいものいっぱいつくってあげたい…。
 あなたの成長を見つめていたい…。
 じゃあ、サキちゃん、これがママの最後の魔法です。
 それは、『ママを忘れる魔法』です。
 ママを忘れて、パパと、新しいママと、楽しい暮らしをつくってください。
 では、魔法をかけます。1、2、3、ハイッ!」
そこでビデオは終わった。

しかし、サキちゃんに、この魔法は効かなかった。
パパと、新しいママにも効かなかった。
ママは、みんなの心の中に、ちゃんと残っていた。

そして今度は、サキちゃんが主役の、4本目のビデオがつくられたのだった。
天国のママに見てもらうために
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2009年01月03日

おばさんごめんなさい

おばさんごめんなさい
病気に気がつけなくてごめんなさい
喉を詰まらせたのに気がつけなくてごめんなさい
心配ばっかりかけさせてごめんなさい
勇気が無くてごめんなさい
おかあさんって呼びたかったです
本当に呼びたかったです
でも怖くて出来なかったんです返事が無かったらどうしようかと思うとどうしても言えませんでした
だからこっそり貴方が寝てる時にお母さんって呼びました
俺があなたが生きている間に言えた時はその時だけです後悔してますごめんなさい
お母さん大好きです、本当に大好きです
お母さんの作ってくれたジャコと鰹節のおにぎりが大好きでした
家に帰って暖かいご飯が美味しかったです、お母さんのだし巻き卵が大好きでした
お母さん大好きですお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さん
お母さんお母さんお母さんお母さんお母さんお母さん俺のお母さん俺のお母さん
うん、だなOK俺のお母さんだ
途中から自分でも訳わかんなくなって誤字でも探そうかと思ったらすげぇ文章になってるよwwwwww俺テラ電波wwwwwww
うし!スッキリした!まさに俺の我が儘だけのスレッド
とりあえず週末に墓行って言ってくる
お前らマジで親は大事にしろよじゃぁな!
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お母さんごめんなさい

小学4年生のとき
友達とちょっと遠くの公園までチャリで遊びに行く事になったので
おこづかい頂戴って親に言ったら300円しかもらえなかった
皆1000円持ってきてるから1000円頂戴よ!って言ったら
だめって言われて、あとから親の財布から1000円くすねた。
財布に1000円しか入って無かったのに・・・
出かける時、靴はいてたらお母さんがきて
もう行くの?しょうがないから1000円あげるねって言ってきた
でも当然そのその財布には何も入って無くて・・・
ごめんね。お財布に1000円なかったからあげられない。
気をつけてねいってらっしゃいって笑顔で言われた
10年以上経った今でも罪悪感で泣きそうになる

お母さんごめんなさい
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2008年12月14日

二人目のお母さん

162 :恋人は名無しさん:2008/11/24(月) 05:03:57 ID:l5fEnvDM0
  「継母」

私には、お母さんが二人いた。
一人は、私に生きるチャンスを与えてくれた。
もう一人は……

私の17歳の誕生日に母が継母であったことを聞かされた。
私を生んでくれたお母さんは、産後すぐに亡くなったそうだ。
生みの親より育ての親…なんていうが、そのときの私は今まで騙されてきたという怒りと、馴れ親しんだ母が急に他人に思え、両親の話もきかず部屋でふてくされて泣いていた。

翌日から母を「おばさん」と呼ぶようになった。
そう呼ぶと母はたまらなく悲しそうな顔をした。
その後、なにかと私に気をつかいだし、必死になる母をよけいに煩わしく感じ、口もきかなくなってしまった。なんとなく家に居ずらくなったので、夜は出かけるようになった。

それから一ヶ月がたとうとする頃、シカトし続ける私に母が「部屋で読んでね」と手紙を差し出してきた。が、私はその場でぐしゃぐしゃに丸め、ゴミ箱に捨ててしまった。
それを見ていた父が私をはり倒し、震える声で「母さんはなあ…」と言ったが、私はろくすっぽ聞かずに泣きながら自分の部屋に逃げた。

・・・翌日、母は帰らぬ人となった。
居眠り運転をしていたトラックが赤信号を無視し、母に突っ込んだそうだ。
即死だった。
あまりに急な出来事のため、泣くこともできず、通夜が終わった後も母のそばでぼう然としていた私に、父がボロボロの紙きれを渡し、一言「読め」といった。

昨日の手紙であった。

そこには母らしい温かい字でこう書いてあった
「千夏ちゃんへ
17年間騙していてごめんなさい。お父さんはもっと早くに言おうとしてたんですが
、あなたに嫌われるんじゃないかと思い、あんなに遅くなってしまいました。あなたの気持ち、
とてもよくわかる。だってお母さん、偽者だったんだもんね…。でもね、お母さん、
あなたのことを本当のお母さんに負けないぐらい愛してるんだよ。千夏が成人しても、
旦那さんができてもずーっと…」

泣きながら書いたのか、字のところどころがにじんでいる。
そして最後に震える字でこうあった。
「…だから、、、また「お母さん」って呼んでね。」

私が感じた寂しさを、母は17年も耐えていたのだ。
人の気持ちを考えられなかった私は、一ヶ月もの間、母を苦しめたのだ。
「お母さん…」
一ヶ月ぶりに発したその言葉は、冷たくなった母の耳には届かない。
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2008年11月13日

母のビデオテープ

俺、小さい頃に母親を亡くしてるんだ。

それで中学生の頃、恥ずかしいくらいにグレた。
親父の留守中、家に金が無いかタンスの中を探しているとビデオテープがあったんだ。
俺、親父のエロビデオとかかな?なんて思って見てみた。
そしたら・・・
病室のベットの上にお母さんがうつってた。
『〇〇ちゃん二十歳のお誕生日おめでと。なにも買ってあげれなくてゴメンね。
お母さんがいなくても、〇〇ちゃんは強い子になってるでしょうね。
今頃、大学生になってるのかな?もしかして結婚してたりしてね・・・』
10分くらいのビデオテープだった。

俺、泣いた、本気で泣いた。
次ぎの瞬間、親父の髭剃りでパンチパーマ全部剃った。
みんなにバカにされるくらい勉強した。
俺が一浪だけどマーチに合格した時、
親父、まるで俺が東大にでも受かったかのように泣きながら親戚に電話してた。

そんで、二十歳の誕生日に、案の定、親父が俺にテープを渡してきた。
また、よく見てみたら。
ビデオを撮ってる親父の泣き声が聞こえてた。
お母さんは、笑いながら『情けないわねぇ』なんて言ってるんだ。
俺また泣いちゃったよ。
父親も辛かったんだろうな、
親父にそのこと言ったら、知らねーよなんて言ってたけど、
就職決まった時、
親父が『これでお母さんに怒られなくて済むよ』なんていってた。
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2008年08月01日

母は覚えています

69 名前: ななしのいるせいかつ 投稿日: 2008/06/01(日) 20:53:23
癌で余命半年も無い母が当時1歳くらいだった私の娘をあやしながら、
「○○ちゃん(娘の名前)は、きっと私のこと忘れちゃうんだろうなぁ。」
で、そのあと、
「でもいいわ。私が覚えているから。」

母よあなたは強い人でした。
先月あなたの孫娘は元気に3歳の誕生日を迎えることができました。
ありがとう。
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2008年07月25日

モンスターマザー

2日前に交番から連絡があり

k察「盗まれていた自転車見つかったよー。中学生が盗ってたよー。」

交番に行くと中学生とその母親

中学生は泣きながらうつむきっぱなし

母親の言い分
・子供に盗られるようなセキュリティ(鍵)に問題があるんじゃない?
・自転車ごときで盗難届けとは何事?
・子供は今大事な時期。何かあったら責任とれんの?

k察「これどうする?」
俺「キミ、今のお母さんの言葉はどう思う?」
中「違うと思った」
俺「お子さんはまともみたいなので、何もしなくていいっす」

一件落着

今日母親から電話

昨日から子供が部屋を出てこない&口をきいてくれない&こないだの発言は侮辱罪

「16時に○○(喫茶店)に来い。場合によっては訴える」←いまここ
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2008年06月29日

じゅなばはばばば

今きた母メール


母メ「じゅなばはばばば」

俺メ「はぁ?」

母「まちがたけどなおしかたわかかんないからこらーかてきて」

電話した。

ああ コーラ飲みたかったのか
最初のはなんだ。
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2008年06月14日

母の弁当

私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、
母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えないほど質素で見映えの悪い物ばかりだった。
友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。
ある朝母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。
私は生返事でそのまま学校へ行き、こっそり中身を確認した。
すると確かに海老が入っていたが殻剥きもめちゃくちゃだし、彩りも悪いし、
とても食べられなかった。
家に帰ると母は私に「今日の弁当美味しかった?」としつこく尋ねてきた。
私はその時イライラしていたし、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので
「うるさいな!あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから」とついきつく言ってしまった。
母は悲しそうに「気付かなくてごめんね…」と言いそれから弁当を作らなくなった。
それから半年後、母は死んだ。私の知らない病気だった。
母の遺品を整理していたら、日記が出てきた。
中を見ると弁当のことばかり書いていた。
「手の震えが止まらず上手く卵が焼けない」 日記はあの日で終わっていた。
後悔で涙がこぼれた
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母の弁当・改変版

私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、
母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えない質素で見映えの悪い物ばかりだった。
友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。
ある朝母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。
私は生返事でそのまま高校へ行き、こっそり中身を確認した。
すると確に海老が入っていたが殻剥きもめちゃくちゃだし
彩りも悪いし、とても食べられなかった。
家に帰ると母は私に「今日の弁当美味しかった?」としつこく尋ねてきた。
私はその時イライラしていたし、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので
「うるさいな!あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから」とついきつく言ってしまった。
山岡「確かに、飯は最悪、海老も最悪。さらにオバサン、肝心のあんたの腕が最低だ」
母「な、なんですかあなたは」
山岡「おごり高ぶった心で作れば、海老の殻剥きもめちゃくちゃになってしまうんだッ!
    心のこもってない弁当はただの米と海老の塊だ!弁当じゃねえ!」
「え…そこまで言ってない」
山岡「明日もう一度この家に来てください
    こんな母親が作ったようなおにぎりよりずっとうまいおにぎりをご覧に入れますよ」
翌日、山岡と名乗る新聞記者が持ってきたお弁当は確かに美味しかった。
母は悲しそうに「まずくてごめんね…」と言いそれから弁当を作らなくなった。

それから半年後、母は死んだ。私の知らない病気だった。
母の遺品を整理していたら、日記が出てきた。
中を見ると弁当のことばかり書いていた。
「手の震えが止まらず上手く卵が焼けない」
日記はあの日で終わっていた。
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2008年05月30日

母の家計簿

子供の頃、家は流行らない商店で貧乏だった。 母がパートに出て何とか生活できているよう程度の生活だ。
小学校、中学校は何とも思わなかったが、私は大学に進みたかった。美大に行って絵を描きたかったからだが、
進学資金など、どう考えても捻出できなかった。
毎日、昼・夕方のパートと掛け持ちで働き、くたくたになっている母親に、
「何で進学できないんだよ!子供の進学資金も出せないようじゃ親失格だぜ!」と言ったことがある。
母親は涙ぐみ何も言わなかった。その姿に我に返ったが、悔しさが邪魔をしてそのまま謝りもしなかった。

母親は事故で亡くなり、直接謝ることは出来なくなってしまった。 パートの帰りだった。過労だと思う。
葬式の後、母の部屋を整理していて家計簿とも取れるようなノートを見つけた。ギリギリの生活だった。
母親が自分のために使ったものなど何一つなかったが、私の進学のための貯金があった。
数百円の単位で毎月貯金してあった。私が怒鳴ったあたりから。パートの時間が増えていた。
後でわかった事だが、パートの勤務時間を頼み込んで増やしていたようだ。増えた分は全て貯金。。

私がバカだった。自分のことだけだった。母の笑った顔を最後に見たのはいつだった?
私は何一つ親孝行などしてない、母の死語は後悔の連続だった。
苦労ばかりかけて、自分のことばかり考えていた。なぜあんな事を言ったのか。
謝らなかったのか、謝りたい、心から母に謝りたかった。

そんな時、リアルな夢を見た。夢の中で母親は居間で座っていた。
母を見つけた私は、泣きながら母親に詫びた。何もしてやれないで、ひどい事を言って、ごめんと。
母親は私の手を握って、「謝らなくちゃいけないのはお母さんだから、、ごめんね」と言った。

結局私は大学には行けなかった。今は普通の会社員だ。暇を見つけては絵を描いて、描きあがった絵は仏壇に飾っている。
絵を好きになったのは、美大に行きたかったのは、子供の頃「上手に描けたね」と言ってくれた母の一言がきっかけだった。
それに気づいたから。今も、母の事を思うと自責の念で心が痛むけれど、その母のためにも頑張って生きていきたいと思う
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2007年10月20日

俺の母親(車内編)

65 名前: 名無しさん@八周年 投稿日: 2007/10/19(金) 01:15:29 ID:qYXH8J2P0
俺の母親

信号で止まっているとギャー!と叫び声。
なんだよ?と聞くと後ろからダンプが走ってきただってw
突っ込んでくると思ったらしい。


三車線の真ん中を走っていて、左折しようと思う交差点手前にタクシーが
ハザード灯けて客を降ろしている場面。
タクシーを追い越して左折しようかな?と思っていたら、清算が済んだらしく
右ウィンカーを灯けて動き始めた。
発進したタクシーの後ろから左折しようと、左車線に車線変更したら
ぎゃー!タクシーが前にーーーー!
タクシーに突っ込むと思ったらしい。

今迄に何度、路上に捨ててこようと思った事か。
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2007年07月22日

かーちゃんにプチプチ与えてみた

831 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2007/07/22(日) 04:47:02 ID:ffchRcT7
去年、シャレで母親にプチプチ(緩衝材)を1ロール買ってやった。
潰すのが好きなので。

夕べ、こんなメールが来た
「(略)去年買って貰ったプチぷち、壊れ物を包むのに使うと便利ですよ」

かーちゃん・・・今まで何の為に有ると思っていたのですか??
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2007年05月22日

日本のお母さん

日本贔屓になってくれた外人さんの話でもいいかな。少し前の話なんだが、
母が熱心に中国語を習っていた関係で、家族も「謝謝」とか簡単な言葉をよく使っていた。

そのクセでうっかり会社で何かの時に私が
「あ、謝謝」って言っちゃったら、離れたところにいた人が
「中国語を知っているのですか!?」といきなり歩み寄ってきた。
聞けば他部門の技術協力とかで日本に来ている中国人。
ホームシックも手伝って、片言の日本語で、日本人は冷たい、
帰りたい、のマシンガントーク。

彼を退社後わが家にひっぱって行き、母親を紹介した。
よく判らないが、母親はつたない中国語で、一生懸命
彼を慰め、励ましたらしい。
途中から彼号泣。

すっきりしたのか緊張がほぐれたのか、その後彼は
少しずつ自分から会社の人とうち解けようとするようになり、
同年代の社員とカラオケや旅行に行くまでになったらしい。
(たいへんシャイな性格で、周囲の日本人も話しかけづらかったらしい)

帰国する時には、たくさんの見送りの人の前で、別の意味で号泣していた。
「日本はいい国だった」「みんなやさしい人だとわかった」と言ってくれた。
うちの母には、今でも「日本のお母さんへ」という書き出しで手紙が届く。
posted by NET AGE at 04:07| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月19日

母の恐怖

小さいころ、居間で母、兄、私でくつろいでいた。
そのうち母がウトウトし始めて「あ、寝てるな〜」
っと母の 顔を観ていたら、急に目開いて
「にっ!にっ!」って声だして笑い出した。
その姿がなんだか凄く不自然で恐くなって
「お兄ちゃん!!お母さんが変!!」って言って
兄と二人で母に懸命に声かけました。
そしたらハッとしたようにいつもの母に戻り、
「お母さん何か変だったよ?!どうしたの?」って聞いたら、
「今、金縛りにあって一生懸命動かそうとしてたのよ。」
っと言われた。
母は霊感とかそんなのは全然ない人です。
今だになんだったのかわかりませんが、そのときの不自然な
母の笑顔は目に焼き付いてます。ホント恐かったです。
posted by NET AGE at 19:11| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月12日

お母さんのお年玉貯金

母「ねぇ、そのお年玉お母さんに預けさせてくれる?」
私「なんで?」
母「だって○○ちゃんが将来大人になった時にお金が無かったら困るでしょう?
  だから今から今から大人になった時の為に貯金しておくのよ。
  わかった?」
私「うん!」



  絶  対  嘘  だ  。
posted by NET AGE at 17:52| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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