義勝さんは、会話はできるだけ手短にし(←でも説教は長かった)、そして話の終わりに必ず『以上!』と勢いよく言いたがる人だった。
彼なりの美学だったんだと思う。それは置いといて、彼の頭の弱さは数々の話のネタになったが、
その中でも彼が一番恥をかいたであろうネタを紹介する。まじ話で申し訳ないくらいの話だ。誠に申し訳ない。
4年前、俺が高2の冬のある日、部室で俺の親友Qが部活をさぼる奇策を考えたんだと言いだした。
どうやってさぼるんだと聞き返すと彼はただ、『ミトコンドリア』 そう答えた。
次の日のミーティングが始まる前、体育教官室に行く俺とQ。そして伝説は始まった
Q(とてもしんどそうに)「●●先生(=義勝さん)、ちょっと昨日から俺ミトコンドリアにかかってしまったんで部活休ませてもらえませんか?」
俺「!」
先生「ミトコンドリア?あーミトコンドリアかー。そりゃ仕方が無いな。かえってゆっくり休め。以上!」
Q「ありがとうございます。それでは失礼しまっす」
俺「・・・・・・・・・!!!」
1分でもミーティングに遅れようものなら理由が何であろうとも後で激しい体罰を与えるようなあの義勝さんがどうして・・・どうして・・・
いや、おかしいのはそれだけじゃない。
どうして『ミトコンドリア』がまかり通るのか。
どうしてあんたそんなに頭弱いのか。
そしてQ、もしかしてお前は天才なのか。神なのか。
かくして、その日を境に男子ハンドボール部には謎の病、ミトコンドリアがはびこるようになった。
次々と先生にミトコンドリアの病状を訴えて部活をさぼってゆく戦友たち。
そして、その病状を聞くたびに仕方が無いなと言って休みの許可を出す義勝さん。
もう俺も何がなんだかわからなくなってきた。とりあえず俺もミトコンドリアにかかることにした。
その次の週の月曜日、臨時の全校集会があった。バスケ(だったかな?)の部室で盗難があったらしい。
各自の持ち物に気をつけろという内容の集会だった。生徒指導の先生の話が終わると放送部のアナウンサーが
『他に話のある先生いらっしゃいましたら前に出てきてください』
と言うと保健室の先生が前に出てきた。インフルエンザに気をつけろという内容の話をしていた。
その話が終わると放送(略
元 気 よ く 義 勝 さ ん で て き た
義勝さん(部活とは違ってよそいきの声で)『えーっと、インフルエンザに関連しまして、
えー最近ミトコンドリアが流行っています。みなさん気をつけてくださいね。以上っ!!!』
唐突な話に驚きと戸惑いを隠せない生徒たち。唐突な話に驚きと戸惑いを隠せないながらも、
何か間違った話をしているのでは、何かフォローをしなければいけないのでは、と焦る教師群。
視線を身の周りに戻してみる。震えるQ。震える戦友たち。
かなり奇妙な空気のなか、かなり焦ってる教頭が放送部の方へ行って
解散のアナウンスをするよう促し、その場は何とか収まった。
ミトコンドリアという疑問を除いては。
その日のミーティング。視線を周りに向けてみる。俺を含め部員に生気はなかった。
視線を横に向けてみる。体育館で悶絶するほど笑っていたQの精気が抜けていた。
しかし、何か覚悟を決めてる漢(おとこ)の顔をしていた。
義勝さんが来た。『なあQ、ミトコンドリアって何ぞや。』
Q『はい!2〜5マイクロメートルの棒状・粒状の小体、内外2枚の膜からなり
内膜はひだ状構造である、細胞質の構造体であります!!!』
Qのミラクルにみんなついていけてない。義勝さんももうQをしばく元気もないようだ。
義勝さん『そうか・・・今日はもう部活は休みだ。解散せい。以上・・・』
立ち去る義勝の背中が泣いていた。嗚呼義勝。
そして俺たちは普段の部活より遅くまで部室で盛り上がった。ミトコンドリアの話で。
・・・・・・もうあれから4年も経ってしまったのか。
今思うと、ミトコンドリアを病名と勘違いできる義勝さんの
脳内翻訳プログラムもさながら、やはり、ミトコンドリアを病名に採用しよう
という結論に至ったQの脳の神秘の方が数段ブッ飛んでいる。
そして未だにミトコンドリアという奇妙な響きが頭にこびりついていて、離れそうにもない。
【関連する記事】